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東京地方裁判所 昭和36年(合わ)462号 判決

被告人 板倉義隆こと塩野与志勝

昭八・三・一七生 無職

山本博、小室博章、小室藤雄こと小室満春

昭四・一・三一生 会社員

主文

被告人塩野与志勝を判示第一、第二、第三の(二)の事実につき懲役二年に判示第三の(一)の事実につき懲役六月に、被告人小室満春を懲役二年に各処する。

但し未決勾留日数中各六〇日を右各懲役二年の刑に算入する。

訴訟費用中、証人A、同Bに支給した分は被告人両名の連帯負担とし、証人遠藤康士及び国選弁護人飯島稔に支給した分は被告人塩野与志勝の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人塩野与志勝は昭和三〇年東京経済大学卒業後電気屋、バーテン、すし屋等をし、昭和三六年初頃から私立探偵社と称して貸金の取立、信用調査等をしていた者、被告人小室満春は同二七年本籍地より上京後二、三の会社に勤め、同三五年頃より土地会社の手伝いをしていた者であるが、夜間皇居前広場で密会中の男女を覗き見する所謂「のぞき」をなしているうち、同三五年一一月頃互に知り合い、その後は誘い合つて「のぞき」を続けていたところ、

第一、昭和三五年一二月一五日頃の夜、被告人小室は皇居前広場でA(当二三年)が愛人と露骨なる性行為をなしている情景を覗き見した後、同女がその場に落した手帳を仲間から貰い受けたので同女に興味を覚え、同月一七日頃、右手帳に記載されていた同女の勤め先に電話をかけ、Aなる女を呼んで同女に対し丸の内署の時田刑事と詐称して遺失物の有無を尋ね、同女から皇居前広場で手帳と化粧品入れを落した旨返事を聞いて、同女が皇居前広場で性行為をした右山崎であることを確かめ、翌一八日夜、皇居前広場で被告人塩野に右山崎のことを話した結果、被告人両名は共謀の上、愚連隊が同女の醜行場面を写真に撮つていると脅迫しそれによる畏怖状態に乗じて同女を姦淫しようと企て、被告人小室に於いて電話で同女を中央区日本橋所在百貨店白木屋前に誘い出し、同夜十時過頃同所で同女に対し、被告人小室は丸の内警察署の時田刑事被告人塩野は雑誌社のトツプ屋坂倉と詐称して「あんたが皇居前広場で男と関係しているところを愚連隊が写真に撮つた。それを雑誌社に売ろうとしている」と虚偽の事実を申し向け、驚愕畏怖した同女に「その写真のネガを取返すについて相談しよう」ともちかけてタクシーに乗せ、車中で「近頃の愚連隊はたちが悪くなつた」などと同女に聞えよがしに話し合つて同女の畏怖心をそそり乍ら国電神田駅前喫茶店「ぶるんねん」に誘い入れ、同店において、「相手は愚連隊だからネガを取り戻すには一〇万円か八万円位は出さなくてはならないだろう」、「金は明朝八時頃までにつくらねばならぬ」「身体を売つてもそんな大金はできないだろう」「皇居前広場は立入禁止だから警察に知れると二人とも刑務所に入れられる」等と申し向け、同女をして右写真のネガを取戻さねば雑誌に掲載され、恋人、親、勤め先に知られて身の破滅となるが、それを取戻すに要する金員は身に余る大金である為、なす術もないとの驚愕、畏怖、困惑の境地に陥らしめ、更に全く自己忘失の状態にある同女の面前で被告人小室は右愚連隊と知合いのトツプ屋になりすました被告人塩野に対し「かわいそうだから何とかネガを取返してやつてくれ」と真実らしく頼み、被告人塩野は「できるだけやつてみよう」といい電話連絡をしたように装つて「今電話をしたら話のわかる者は一時頃にならなければ帰つて来ないので他の者に頼んでおいた」と云うなど巧に振舞つた為、同女は被告人等ならば写真のネガを取り戻し雑誌への掲載を阻止し得るであろうから、被告人等にすがる以外身の破滅から救われる途はないものと思い、被告人等を救い主の如く錯覚するに至つたが、被告人等は、これと前記驚愕、畏怖による自己忘失と相俟つて、全く抵抗を失つている同女を翌一九日午前零時頃目黒区上目黒八丁五四六番地道玄宿旅館に連れ込み、同日午前二時頃にいたり、同館二階さつきの間において順次姦淫し、

第二、被告人両名は昭和三六年一一月六日夜、皇居前広場でB(当一七才)が愛人と刺激的な性行為をなしているのを覗き見して劣情を催うし、前記第一と同様の手段で同女を強姦しようと共謀の上、同日午後九時三〇分頃国電で帰宅の途についた同女を尾行し北区稲付町二丁目一五番地(国電赤羽駅前)中央病院附近路上で被告人塩野において「私は私立探偵だが君は皇居前広場で関係していたろう。それを雑誌社の友人が写真に撮つた。写真には顔も体全体も学校の徽章もよく写つている。雑誌に写真が出て学校などに知れたら大変だろう」と虚偽の事実を申し向け、驚愕した同女に「ネガを取返してやるから今日でも明日でも君と会う時間を決めよう」ともちかけそのような写真が雑誌に掲載されて学校、友達、母親等に知れたら自分の一生はだめになると思い極度に畏怖、困惑した同女が「ぜひ今夜中にネガを取戻して下さい」と懇願するや「子供だから金を出さなくてもよいだろう」といつて、赤羽駅に連れ戻し、雑誌記者を装つた被告人小室は同所で電話連絡をしたように装つて、「どうにかなりそうだ」といい、被告人塩野は「それでは新宿の雑誌社へ行こう」などといつて、同女を新宿へ伴い同日午後一一時三〇分頃新宿区角筈二丁目七四〇番地喫茶店「クインビー」に連れ込み、被告人小室は「写真を撮つた者には連絡が取れないが社の者に話をしておいた。ネガを取戻すには一〇万円位出さなくてはだめらしい」といい、被告人塩野は「それでは俺が金を都合しよう」とこれに応じ、その巧みな所作によつて、同女をしてネガを取戻してこの苦境より救つてくれる者は被告人等をおいては他にないとの錯覚に陥らしめ、前記の畏怖と相俟つて全く抵抗心を失つている同女を翌七日午前一時頃、被告人塩野の肩書居室に連れ込み、間もなく順次姦淫したものである。

第三、被告人塩野は

(一)  昭和三〇年四月頃から同年九月頃まで青梅市勝沼で自動車修理並びにオートバイの委託販売を営んでいたが同年八月中旬頃、顧客の野村一から売却斡旋方の依頼を受けて同人所有の原動機付自転車一台(時価二五、〇〇〇円相当)を預り業務上保管中、その頃東京都青梅市友田八四番地小沢賢之助方で、擅に自己の借金の弁済に代えてこれを同人に交付して横領し

(二)  昭和二九年秋頃から東京通信社記者と称して青梅市内東京都水道局水源林事務所にしばしば出入していたが同三一年二月三日頃、埼玉県所沢市内において、かねて知り合いの右事務所員遠藤康士に対し、真実は競輪資金とするのにこれを秘匿し、あたかも社用で旅行する費用に使うかの如く装つて「急に社用で旅行に行くことになつたが旅費がないので二、三万円貸して貰いたい。旅行から帰つたら返す」旨申し向けて同人をその旨誤信させ、即日同市山口の山口農業協同組合において同人より貸金名下に金三万円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人塩野与志勝の確定裁判)(略)

被告人は昭和三〇年七月二九日青梅簡易裁判所において道路交通取締法違反により罰金一、〇〇〇円に処せられ、同年八月二七日該判決は確定したもので、このことは検察事務官作成の同被告人に対する前科調書より明らかである。

(法令の適用)

被告人塩野の判示所為中第一及び第二の所為は刑法第一七七条前段第六〇条に第三、(一)の所為は同法第二五三条に、第三、(二)の所為は同法第二四六条第一項にそれぞれ該当するところ、判示第三の(一)の罪は前示確定裁判を経た罪と同法第四五条後段の併合罪であるので同法第五〇条により未だ裁判を経ざる判示第三の(一)の罪について更に裁判することとし、所定刑期の範囲内で該罪につき懲役六月に、判示第一、第二、第三の(二)の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第二の強姦罪の刑に同法第一四条の制限に従つて法定の加重をなした刑期範囲内で懲役二年に処し、被告人小室の判示第一および第二の所為は刑法第一七七条前段第六〇条に該当するところ右は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法第一四条の制限に従つて法定の加重をなした刑期範囲内で懲役二年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中各六〇日をそれぞれ右懲役二年の刑に算入し訴訟費用中、証人A、同Bに支給した分は刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条に従い被告人両名にこれを連帯して負担させ、証人遠藤康士及び国選弁護人飯島稔に支給した分は同法第一八一条第一項本文に則り被告人塩野にこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 津田正良 門馬良夫 佐藤繁)

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